サドベリースクールとは?普通の学校との違いを運営者に聞いてみた

サドベリースクール(デモクラティックスクール)とは、どんなところなのでしょうか?

義務教育で通う“普通の学校”と、どう違うのでしょうか?

実際に、伊豆サドベリースクールを運営している水谷さんに話を聞いてみました。

水谷さんの経歴

サラリーマン時代に生きづらさを感じ、「ストレスや悩みの原因になっている信じこみを解放し、本来の自分を取り戻す」という画期的なストレスマネジメント法『RAS(ラス)』に出合う。

その効果に感動し、RASファシリテーターに転身。(RASの詳しい説明はこちら

医療機関と連携してセッションを提供する中、多くの大人の悩みを聞いて、「ストレスの芽は小さい年齢の時に作られること」を強く実感する。

また、当時5歳の長女の登園拒否をきっかけに、「娘がストレスなく自分らしくいられる環境」を作ろうと思い、

夫婦で、静岡県に伊豆サドベリースクールを開校。

スタッフとして日々子供たちと接している。

サドベリースクールとは?普通の学校との違い

ネコじゃらしネコじゃらし

サドベリースクールとは、どんな学校なのでしょうか?

普通の学校とは、どう違うのですか?

水谷さん水谷さん

サドベリースクールは『子供を100%信頼する』という考えが根本にあります。

たとえば・・・

普通の学校は、先生や校長先生などの運営者がいますよね。管理する人がいて、生徒はそれに従います。

サドベリースクールは、生徒もスタッフもみんなが運営者です。みんなが過ごしやすいようにルールを決めます。

いざこざがあれば、生徒同士で解決しますし、それで解決しなければ、司法委員会で話し合って解決します。

『大人も子供も対等な立場』という考えをもっています。

ネコじゃらしネコじゃらし

『大人も子供も対等な立場』というのは、たしかに普通の学校と大きく違いますね。

水谷さん水谷さん

もうひとつ例を挙げると、

普通の学校は、「大人が必要だと思うこと」を子供たちに教えます。

しかしサドベリースクールは、「子供が必要なものは、必要なときに学ぶ」という考え方なので、いつ何を学ぶか?は生徒の自由です。

 

普通の学校とサドベリースクールの違い

 

水谷さん水谷さん

『子供は管理しないといけない存在』という概念が世間では一般的です。

子供に任せたら無法地帯になるんじゃないか?という、大人たちの不安や恐れ。

大人たちの都合で、普通の学校は運営されていると思います。

けれど私たちは、『子供たちを信頼にたる存在だ』と考えています。

みんなで気持ちよく過ごすためのルールを決めることもできるし、守ることだってできる。

生きていく上で必要なことも、自分たちで学ぶ力がある・・・と考えているんですね。

ネコじゃらしネコじゃらし

サドベリースクールは、「子供を信頼している」のが特徴であり、そこが普通の学校と違うところなのですね!

水谷さん水谷さん

はい。

普通の学校が、「先生と生徒」という上下の関係なら、

サドベリースクールは、「みんな対等」という横の関係です。

『命』っていうくくりでみたら、みんな対等で横の関係でしょう。

本質的にはこっちの方が自然。

私はそう思っているので、サドベリースクールを開校するに至りました。

 

普通の学校とサドベリースクールとの違い

 

ここまでのまとめ
  • 普通の学校は「子供は管理しなければならない存在」として考えているが、サドベリースクールでは「子供を信頼」。
  • 普通の学校では「大人が必要と思うもの」を学ぶが、サドベリースクールは「それぞれが必要なときに必要なもの」を学ぶ。
  • 普通の学校は「上下関係」だが、サドベリースクールは「横の関係」。

サドベリースクールの特徴について!身につく力は?

サドベリースクールには、普通の学校にはない特徴もあります。

  • カリキュラム・テスト・評価なし
  • 自由な学び
  • 年齢ミックス
  • スクールミーティング

このあたりについて、身につく力や、「なぜそうしているのか?」も聞いてみました。

なぜ、カリキュラム・テスト・評価なし?

ネコじゃらしネコじゃらし

サドベリースクールは、授業や時間割り、テストや通信簿とかは一切ありませんよね。

それって、普通の学校を出た私にとっては驚きでした。

どうして、そうしているのでしょうか?

水谷さん水谷さん

まず、サドベリースクールでは「人は必要なときに必要なものを学ぶ」という考えがあります。

カリキュラムについてですが、「何年生で●●を学びなさい」っていうのは、大人の都合ですよね。

大人が必要だと思ったことを教えるものです。

人それぞれ、学びたいこと・学びたいタイミングは違うので、カリキュラムはないです。

そのかわり、「●●について学びたいよ~」という話が生徒から出れば、専門家に連絡をとってお願いしたり、勉強を見たりすることもします。

水谷さん水谷さん

「テスト・評価なし」についてですが・・・

評価って別にいらないと思うんですよね。

評価は、他人との比較でつけられたものです。

私たち人間は、他人から認められるために生きているわけではありません。

他人の評価を気にすると、生き方が他人軸になり、自分らしく生きることができません。

自分軸をしっかり持てるように、ブレずに生きていく力を持てるようにするためにも、テスト・評価はない方がいいと思っています。

ネコじゃらしネコじゃらし

あ~、たしかに。

うちの息子は学校で評価されることによって自信をなくし、不登校のきっかけになりました^^;

大人も子供も、テスト・評価のない方が、健全な精神状態でいられると思います。

 

普通の学校とサドベリースクールの違い2

 

水谷さん水谷さん

もちろん、もし「○○になりたい!」とやりたいことがあって、進学のために勉強して、確認のためのテストは必要でしょう。

けれども、幸せに生きる上で本当に必要かどうか?というと、テストや評価はなくてもいいんじゃないかと思っていますね。

『カリキュラム・テスト・評価なし』の理由
  • サドベリースクールは「何を学ぶか?はそれぞれに任せている」ので、授業・時間割はなし
  • 評価やテストは、他人軸の生き方になる可能性がある
  • 「テスト・評価なし」で、自分軸をしっかりもち、ブレずに生きていく力が育つ

なぜ、自由な学び?勉強も遊びも等しく価値がある理由は?

ネコじゃらしネコじゃらし

サドベリースクールでは、『自由な学び』も特徴ですよね。

生徒たちは、スクール内で何をしていてもいい。

ゲームしてても、昼寝してても、おままごとしててもOK。

サドベリースクールでは、「勉強も遊びも、全ての活動には等しく価値がある」とのことですが、それについて聞かせてもらってもいいですか?

親目線だと、どうしても、勉強だけやっていてくれるのが好ましいというか(笑)

遊びも勉強と等しく価値があるっていうのは、なぜなのでしょうか?

水谷さん水谷さん

そもそも。

私たちは「何かに価値があって何かに価値がない」っていう考えをしていないんですよ。

一見、将来につながらなそうに見えることも、将来につながることもあったりします。

だから、「これは勉強」「これは勉強じゃない」っていうのは、大人が決めた基準だったり、大人の価値観による区分けだと思うんですね。

ネコじゃらしネコじゃらし

あ~、たしかに。

私は昔から本を読むのが好きで、中学生のときはライトノベルを読み漁ってましたけど、今の「文章を書く」っていう仕事に少なからずつながっていたような気がします。

あとは、知り合いでアニメが好きで、引きこもってずーっとアニメばかりみていた人がいるんですが、その人は今、「ストーリーを書いて人を感化する」っていう仕事をしていますね。

大人から見たらくだらないことでも、将来何かにつながるかも、というのはわかる気がします。

 

 

水谷さん水谷さん

そうそう。

たとえば、スクール生の6歳の子は、メルちゃんでおままごと遊びをしています。

大人からみたら、ただのおままごとですよね。

だけど、彼女にとってみれば、それに価値があるわけですよね。

だから、大人が「これは将来のためになる」「ならない」というのを区分けする必要はないと思っています。

何が学びか?というと、スクール生にとっては全てが学びなので、「これが学びか?学びじゃないか?」の価値基準は、スクール生に任せています。

水谷さん水谷さん

必要なことは、必要な時期に覚えます。

たとえば分数ですけど、学校でやってもあんまり使わないですよね?

ネコじゃらしネコじゃらし

あー、たしかに。

学校で習っても、大人になったら全然必要ないことってたくさんありますね^^;

微分積分とか、フツーに生きてたら使わないし、お金の計算も電卓があれば十分というか。

英語も中学・高校でやりましたけど、使ってないし覚えてもないから、あの授業時間はなんだったんだろう・・・?とは思います(汗)

ネコじゃらしネコじゃらし

でも、自分に必要なことって、暮らしているうちに覚える。

うちの子、掛け算・割り算を習う前に不登校になりましたけど(笑)、

お菓子をみんなでわけるときも、「〇個あるから、一人〇個だね!」って、教えてないけど割り算みたいなことやってます。

「その子にとって必要なことは必要なときに勝手に学ぶ」っていうのは、うちの子供たちを見ていて感じます。

水谷さん水谷さん

そうそう。

だから、「大人が必要だと思ったことを教える」必要もないし、大人が「これは学びで、これは学びじゃない」って決める必要はないと思ってます。

大人の価値基準で学びを区別してしまうと、個性がわからなくなってしまいます。

大人がいいと思ったことをやらされていると、自分の感情がわからなくなってしまう。

自分の感情を大事に。

だから、「何が学びで、何が学びじゃない」っていうのは、自分で決めたらいいと思います。

大人の視点で「これは学びで学びじゃない」と決めるのは、人として失礼ですよね?(笑)

ネコじゃらしネコじゃらし

たしかに!失礼ですね。

子供にも考えや人格があるし、命というくくりでは対等の立場なのに、

大人目線で決めるのは、あまりにも理不尽。。。

私も「ゲームやめなさい!勉強しなさーい!」とか、つい最近まで言っちゃってましたけど(汗)

水谷さん水谷さん

学校のような「上から下に向けて教える」というのは、その人が「これを学びたい!」という意思があったら、それはそれでいいと思うんです。

そういう思いがないのに、勝手に教えるっていうのは、ただのおせっかい。

『教育』っていう観念があるから、「上から下に向けて何かを教える」っていう考え方になっちゃうと思うんですけど、

子供の気持ちを無視して、算数・国語とかを教えていると、子供たちの感情はマヒしてしまいます。

ネコじゃらしネコじゃらし

うん、わかる気がします。

自分の気持ちはおいといて、大人が喜ぶことをやろう!って思っちゃう。

というか、思ってました。

嫌なことでもみんなやってるし、大人が望むような子供にならなきゃ!ってなってました。

 

 

水谷さん水谷さん

ついさっき、スクール生たちはトランプで神経衰弱をしていたのですが、

その中には「駆け引き」がありました。

遊びの中でコミュニケーションを学んでいました。

で、それが学びだと思うんですよ。

学校の枠で考えた勉強だけが、学びじゃないので。

全てが学びです。

水谷さん水谷さん

何もしないでボーっとすることも学びです。

ボーっとしてるだけでも、「自分が何を感じているのか?」と、自分と向き合う時間になったりもします。

何もしないってことも学びだし、それを選択してもいいんです。

現代人は、休むことが苦手な人も多いですから。。。

『自由な学び』の理由
  • サドベリースクールでは、全てが学び。勉強も遊びも等しく価値がある
  • 何が将来につながるか?なんてわからない
  • ボーっとする、おままごと、ゲームなどの遊びも、子供にとっては価値がある
  • スクール生は、必要なときに必要なことを学ぶ

なぜ、年齢ミックス?

ネコじゃらしネコじゃらし

サドベリースクールの特徴として、

「異年齢の子供たちが一緒の空間にいる」というのがあります。

普通の学校では、年齢でクラス分けされるのですが、“年齢ミックス”には、何か理由があるのでしょうか?

水谷さん水谷さん

異年齢の子供たちが一緒にいるメリットを上げていくと・・・

まず、近しい年齢の子供たちは、お互いの存在が影響しあって、教えたり、教えたられたりする関係になります。

歳が離れている場合は、一緒に遊ぶのは難しけれども。

下の子供からしたら、上の子は将来の見本になりますし、

上の子供からしたら、自分の子供心を失わない見本にもなります

ネコじゃらしネコじゃらし

たしかに!

小さい子供がいると、大きい子はお世話をしたり、わからないことを教えてあげたりして学ぶし、

小さい子は、大きい子の真似をして、発達が早くなったりしますよね。

水谷さん水谷さん

年齢ミックスは、自然な形だと思っています。

というのも、社会に出たら、いろんな年齢の人たちと同じ空間で仕事したりするわけですよね(笑)

学年なんて関係なくなるわけです。

だから、年齢別に分ける方が不自然だと思っています。

水谷さん水谷さん

あと、同じ年齢でクラス分けをしてしまうと、比較が生まれます。

  • 足が遅い・速い
  • 絵がうまい・へたくそ
  • 計算が得意・不得意

などなど。

同い年の子ばかりの空間だと、「できる・できない」の物差しになり、「欠点を直しましょう」になってしまいます。

『他者との比較なしに、自分の好きなものを見つけられる』

というのがベストだと思っているので、学年別にわけるようなことはしません。

 

 

ネコじゃらしネコじゃらし

たしかに、同じ年齢の集団でなければ、比較や劣等感は生まれにくいですね。

自分より年上や、年下と張り合おうとは考えない(笑)

自分の欠点に目が行かない環境は、素晴らしいと思います。

『年齢ミックス』の理由

年齢ミックスは、

  • 異年齢の集団だからこそ、お互いに学べることが多い
  • 他者との比較を生まない

というメリットがある。

なぜ、スクールミーティング?得られるものは?

ネコじゃらしネコじゃらし

サドベリースクールは、スクールミーティングがあるのことも特徴ですよね。

スクールの運営を子供たちとスタッフさんのみんなで話合うということですが、これは『人は全て対等』という考えがあるからこそだと思います。

それは素敵なことだなぁ~と思うのですが・・・

スクールミーティングをすることで、何か得られるものがあったりするのでしょうか?

どうしても親目線だと、「何が身につくの?」とか考えちゃいます(笑)

水谷さん水谷さん

スクールミーティングでは、自分たちが過ごしやすいようにルールとかを決めるのですが、

『自分たちで決める』というのが、大事だと思っています。

誰かが決めた、「与えられた環境」だと、自分のやりたいことがわからなくなってしまいますから。

自分の人生を自分で決める、自分軸で生きるには、「決める力」が必要です。

「決める」ってことに慣れておかないと、決められない人になってしまいます。

 

 

ネコじゃらしネコじゃらし

なるほど!

現代は、他人にブンブン振り回されて悩んでいる大人が多いように感じます(汗)

スクールミーティングで、普段から「決める力」を養うことで、自分らしく生きる力が身につくのですね。

水谷さん水谷さん

スクールミーティングでは、予算や収入、何にお金を使うか?も決めます。

スクールっていう会社を、みんなで経営しているようなものですね。

なので、自分がやりたいことがあって、それに予算を使いたい場合には、みんなに納得のいく説明をしなくてはなりません。

「みんなでココに行こうよ!」と提案するときも、みんなに話さなければなりません。

自分の意見を言うだけでなく、他の人のことも考える思いやりも必要になってきます。

水谷さん水谷さん

こういうスクールミーティングを日常的に行うことで、他者とのコミュニケーション力がつき、

『自分のやりたいことを、社会の中で実現していく力』

がついていきます。

『スクールミーティング』の理由

スクールミーティングは、

  • 決める力
  • コミュニケーション能力

を養う。

つまりは、『自分のやりたいことを、社会の中で実現していく力』が身につく。

まとめ!サドベリースクール(デモクラティックスクール)とは、自分を生きる学校

虹

サドベリースクールと普通の学校との根本的な違いは、『子供のことを信頼しているかどうか?』です。

学校は、「子供は未熟な存在で、大人が管理すべき」という信念のもと、上下関係で「大人が必要と思ったものを教える」場所です。

サドベリースクールは、「子供は信頼にたる存在で、必要なときに必要なことを学ぶ」という信念のもと、横の関係で「子供たちが自ら選び、自ら学ぶ」場所です。

サドベリースクールの特徴は、以下の4つでした。

  • カリキュラム・テスト・評価なし
  • 自由な学び
  • 年齢ミックス
  • スクールミーティング
ネコじゃらしネコじゃらし

最後に、「サドベリースクールとは、ズバリこうだ!」というのを教えてください。

水谷さん水谷さん

サドベリースクールは・・・

ワクワクを動機に、生きていくことができます。

他人軸じゃなくて、自分らしく自分の人生を生きることができる力が身につく場所です。

サドベリースクールは、普通の学校と全く違います。

真逆です。

世の中で「よし」とされていることからは、かけ離れています。

正直、私もサドベリースクールを知った時には、あまりにもぶっ飛んでいると思いました(笑)

しかし、「そんなぶっ飛んだスクールこそ、今の世の中に求められているのではないか?」と、私は思ったりします。

今の世の中、生きがいもなく、自分が何をやりたいのか?もわからず、病んでいく大人が多い。

今回お話を伺った水谷さんは、医療機関と提携して心理セッションを提供していた経験もあるのですが、

『その人の個性と、やっていることにギャップがあると問題が起こる』

と感じているそうです。

「病は気から」という言葉もありますが、現場にいて、本当にその通りだなぁ~と思い知らされたそうです。

これからの時代は、『生きていく力』が非常に重要になっていくそうです。

『生きていく力』とは、好きなことを選択する力。

好きなことをする生き方がよい、と信じこめる力。

水谷さん水谷さん

「小・中・高・大 → 就職」っていうのが一般的で、そういうレールから外れてしまうと、将来が不安だと感じる親御さんが多いです。

だけど、本当は選択肢は無限にあります。

高校行かなくても、大検を受ければ、大学にだって進学できる。

お金がなくても奨学金をとればいい。

いきなり就職したっていい。

就職しないっていう手もある。

今はいろんな働き方があって、フリーランスや、ユーチューバーのようにネットを使って収入を得る方法だってありますよね。

しかし、レールに乗ったままだと、レール以外の選択肢が見えなくなるんですね。

レールから一度外れると、逆にレール以外の選択肢が見えるようになるので、選択肢が広がります。

本当は、レールに乗らない生き方だってできる。

自分が何をしたくて、何を感じているのか?が大事です。

それさえあれば、視野も広がるし、なんでもできます。

全国のサドベリースクール生の例で言えば、学校に行っていなくても、2か月で大検をとって大学に行った子もいるそうです。

もちろんそれは、ベースに「これを学びたい!」という、その子の気持ちがあったから、たった2か月で大検をクリアできたのでしょう。

それくらい、「自分が何をやりたいのか?」がわかっていれば、爆発的な力が出るのだと思います。

1つのことにしがみつく生き方はしんどいです。

好きなこと・やりたいことじゃないと、人は“本当の”楽しさや幸福を感じられません。

今回のインタビューを通して、私は、

ネコじゃらしネコじゃらし

自分を見失い、好きなことをやれず、苦痛に耐えることが美徳だと思いながら病んでいく大人たちが多いからこそ、

これから大人になっていく子供たちは、今までの教育とは全く違った形の環境で、子供時代を過ごすことが大切ではないか?

と思いました。

ただ、もしサドベリースクールに入学される際には、親御さんに気をつけてほしいことがあるそうです。

水谷さん水谷さん

普通の学校に行ってほしいという気持ちが、たった1%でも親に残っていたら、子供は自分らしく生きる道を選べません。

親の期待に影響されてしまいます。

「子供にこうなってほしい」という期待を手放してください。

我が家の場合、サドベリースクール入学を決定した際には、「この道でいいのかなぁ~?」という迷いがありました(笑)

しかし、実際にサドベリースクールを体験し、入学して月日が経つ中で、「みんなと同じレールの上に戻ってほしい」という気持ちは消え失せましたね。

サドベリースクールは奥が深いですから、理解し、腑に落とすまでには、時間がかかって当然と思います。

なので、「完全に理解できてから入学」よりも、我が家のように、

  • とりあえず体験
  • よくわからんけど、子供が気に入ったみたいだから入学してみた

みたいなルートを辿ってみるのもいいかもしれませんね^^